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地域で得られたインスピレーションをアートに込めて。感謝を伝える個展を開催

2020年〜2021年、アーティストが塩尻市に滞在した「塩尻アーティスト・イン・レジデンス」。ANAと塩尻市の共同取り組みで開催されたこの企画では、アーティストが地域に滞在し、地域をリサーチ。そこで感じられた思いや得られたことをアートに落とし込みました。

“自然と繋がりを感じられるような、少し柔らかい気持ちになってもらえるようなコンセプト” で作品をつくるオーハラユーコさんは、この「塩尻アーティスト・イン・レジデンス」に2年連続で参加。それをきっかけに、現在は塩尻市隣の朝日村に移住しました。作品づくりや、子ども向けのアート教室などの活動をしていて、2023年10月27日〜29日には、塩尻市木曽平沢で「塩尻アーティスト・イン・レジデンス」の集大成とも言える個展を開催します。

「塩尻市の滞在によって、表現方法や人生の考え方に、大きな影響を受けました。」と話すオーハラさんに、塩尻市で生まれたアートや、人との出会い、人生観の気付きについて教えてもらいました。

【プロフィール】
オーハラユーコ | 絵描き、イラストレーター
動物や植物とつながりを感じるやわらかい世界、をコンセプトに透明感のある色彩と力の抜けたタッチで描く。
ファッションデザイナーを退職後、渡英。ロンドン芸術大学のアートクラスへ参加。帰国後、児童教科書の挿絵など国内外のクライアントワークおよびプライベートオーダー制作や、絵本制作を行う。アーティスト・イン・レジデンス(地域滞在制作)では他者との接点で変化する日常を観察しながら、植物から抽出した色で制作する実験にも取り組む。
環境問題や社会平等性に配慮した考え方、 “エシカル” をポリシーに掲げ、個人でも実現可能な方法を模索しながら noteでマガジン《エシカルにクリエイティブ》を発信。

循環の中で、塩尻市の名産品や文化を生かしたアート

―――「塩尻アーティスト・イン・レジデンス」に参加して、オーハラさんが塩尻市で取り組んだことを教えてください。

2020年の滞在期間は2週間。木曽漆器が名産品であり、その職人たちが住む木曽平沢地域に滞在し、地域をリサーチして作品をつくりました。

2020年はコロナ禍でしたので、「大変な世の中で、アートの意味や価値ってなんだろう」と考え込んだことがありました。その結果「なにかの副産物として生まれるアートの可能性を探ってみたい」と考え着いたことから、塩尻市で実験させてもらいました。たくさんの素材が世の中にあるなかで、作られるものもあり、一方で捨てられるものもあります。この生産から分解、廃棄の循環の中で、うまくアートがはまればいいなと考えたのです。

塩尻市にはワイナリーがたくさんあります。塩尻市の「サンサンワイナリー」さんから、ぶどうを絞った後にでるしぼり粕をいただき、そこから色を出す実験をしました。

しぼり粕を煮て、少しpH値をいじって色をつくりました。クエン酸や重曹などを使って、酸性に傾ければよりピンクになるし、アルカリに傾けると緑っぽさや茶色っぽさが出ます。

水筒に入れていた、山の湧き水でも色が変わったのが印象的でしたね。ミネラルやマグネシウムなど、湧き水に含まれるものが作用したのだと思いますが、水道水とは反応が異なりました。

―――どのような作品がつくられたのでしょうか?

作品のモチーフは、塩尻市の民話にしたいと考えていました。散歩がてら出会った人に声をかけていたところ「玄蕃丞狐(げんばのじょうぎつね)」のお話を聞いて、作品につなげました。

2020年に発表した「玄蕃丞狐(げんばのじょうぎつね)」をモチーフとした作品

さらに狩猟免許を持っている方に、狩猟した鹿を実際に見せてもらったことも、作品に影響しました。民話の成り立ちについて考えるキッカケとなったのです。

地域で民話について伺ったとき、話す人によって微妙に結末が異なることがあったんですね。ただの噂や教訓、そして「あそこで鹿が取れた」みたいな日常の会話から発展して、いろんな話がくっついて、面白くなって残り続けたのが民話になったのではないかと感じました。

そんなインスピレーションをもとに、空き家から出た廃材に和紙を貼ったキャンバス上に、ぶどうからできた色を乗せていきました。

人との関係性から生まれたアート

―――2021年も参加されたのですね。

初年が楽しく、気付きが多かったので、2年目も参加することにしました。2020年は自然の循環でしたが、2021年は人に興味が向き始めたときでした。「人と人が関わる中で、人の気持ちはどう動くのか」「地域独特の文化が作られるまでの日常生活を、もっと知りたい」と感じて、地域の方の日常をリサーチテーマとしました。

―――2020年に引き続き、平沢地域に滞在しましたね。

木曽平沢で行ったワークショップの様子

1ヶ月強という長いリサーチ期間、前年と同様、出会った人にとにかく話しかけました。

地域の人にとって、最初は私は見知らぬ人だったわけですけれど、顔を合わせる回数が増えていくうちに、だんだんと会話内容が変わりました。言うならば、外側っぽい会話から、内側っぽい世間話をしてもらえるような関係性になりました。当時の気持ちや会話をメモに残しているのですが、それは今でも宝物です。

工房見学をさせてもらったのも、貴重な体験でした。漆器をつくる際に、紙で漆を絞ったり擦ったりする作業があるのですが、そこで漆がべったり付いた「濾し紙」をもらってきて、作品に使っています。

漆の濾紙

―――2年間参加して、アートへの影響はありましたか?

私はアートへの考え方として、完成形だけでなく、プロセスも見せられたらと思っています。そんな私自身の考え方に、実は自信がなかったのですが、この2年間でためらいが無くなりました。私が投げたボールが、誰かに跳ね返ったのち、こぼれ落ちるものも、残るものもあって「残ったものが文化になっていくのでは?」と考えるようになりました。

例えばワークショップで過程を見せるのもひとつの形ですが、2021年には、自分1人だけではなく「制作過程に人の手も入れてみたらどうなるのだろう」と思い、地域の方にご協力いただきました。こちらで用意した紙きれに、ごく個人的な感情などを密かにしたためてもらって、ご自身で破いてもらった後、その紙きれを回収。また紙へと作り替えて作品を描く試みをしました。

協力してもらうための説明でも、多様な反応が見られたのは面白かったですし、その時々に受け取った感情を線で描く”ドローイング”としても作品に残しました。今回の展示にも並びます。

参加型ワークショップ用に制作したBOX

また、先述のぶどうの絵の具は、自然由来であったためか、次第に色が変わっていったんです。当時はぶどうのような、ピンクがかったパープルの色合いのものは、日が経つと植物が枯れるように、だんだん褐色となっていきました。もし2020年に見た方がいらっしゃったら、異なることが分かると思います。

保存できることが価値ととらえる考え方もありますけど、変わる面白さもあるんですよね。現在進行形でなんだか生っぽいもの、ゆらぎのような現象、そのときにしか見えなくて保存されないものを、感じられます。

人への感謝を伝える、個展を開催

―――2023年10月27日〜29日、滞在した平沢の地で開催する個展について教えてください。

今回の個展は、「塩尻アーティスト・イン・レジデンス」の発表の場となります。先述のワークショップで地域の方と一緒に作った作品や、漆の付いた濾紙で作った作品、そして、ぶどうの絵の具で描いた作品などを展示します。

会場は、木曽平沢の中心にある日々別荘の斜向かいにある空き家です。

―――どのような個展にしたいですか?

多くのものを地域から受け取ったので、その事実は伝えたいですね。関わった地元の方には、本当に見てもらいたい。昨日も木曽平沢に行って、お世話になった方々にチラシを渡したんです。インターホンなんかないので、ガラガラッと引き戸を開けて。

―――滞在は2020年の2週間と2021年の1ヶ月強。短い期間ですが、そこで築かれた関係性が素敵ですね。

この街の独特なものだと思いますね。お家に呼んでもらって一緒にご飯を食べたり、お茶したりするようになって。普通じゃ考えられませんよね。

制作中の、展示予定作品

価値観やアートに影響もたらした、刺激的な滞在

―――訪問した当初の塩尻市と、今の塩尻市の印象は変わりましたか?

それまで関東を拠点にしていたこともあって、塩尻市には癒しや静寂を求めた部分がありました。しかし滞在してみたら、意外と塩尻市のほうが刺激的だと感じたんですね。関東に帰ったときに、風景がフラットに見えたんです。

都会は、ビルと人工的な植木の景色が広がっている。しかし、塩尻市は建物の背景に山があり、山の自然の色合いもさまざま。自然の中で耳を澄ますと聞こえてくる音もたくさんあります。都会で人が作ったものより、自然の中にあるもののほうが千差万別です。

―――塩尻市の風景から刺激を感じられたんですね。

ほかの気付きとしては、地域では“受け入れなくてはいけないもの”が多いような気がしました。例えば農家さんは、どうしても虫や天候など、自分の力ではどうしようもできない、受け入れざるを得ないものがたくさんあります。

さらに人との距離が近いからこそ、受け取らざるを得ない情報も多いと思いました。例えば漆器職人さんだったら、隣同士に住んでいるので、お互いの生活まで知っている関係。仲が良いながらも、職人としてのライバル関係を受け入れて過ごしているんです。

当時はコロナ禍で、私も精神的に不安定なところがあったと思います。そんななか、人間らしいたくましさを感じたり、自分自身の人生を振り返ったりすることができて、コロナでロックされた状況や矛盾に、どうやって向き合えばいいのかを学びました。

自分の気持ちも、だいぶほぐれた気がしますし、今後の自分が表したいアートの形が見えてきた2年間でした。

(取材・構成/竹中 唯)

▼個展についての詳細はこちら :

▼2021年塩尻アーティスト・イン・レジデンスの特集マガジンはこちら:

▼過去の「のりしおな人」はこちらから:





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