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塩尻で感じた「アジャイルさ」が新しかった。海外から参加したデザインリサーチ

塩尻は、ANAが手がけるアーティスト・イン・レジデンス(アーティストが滞在しながら作品を作るプログラム)の舞台に2020年度より選ばれています。アーティストが塩尻に一定期間滞在し、塩尻の文化や歴史、市民との交流などによって得られたインスピレーションをもとに、リサーチ活動や制作活動を行います。

2021年度、塩尻アーティスト・イン・レジデンス実行委員会において、アーティスト・イン・レジデンス(以下AIR)を持続させることを目指し、副業人材としてアートディレクターを募集。参加したのは、ヒロイ クミさんです。オランダ在住ながら、日本の居場所を作ることを意識しながら、副業に参加しました。

感じられたのは、塩尻のアジャイルさ。アジャイルとは、環境や状況の変化に機敏かつ柔軟に適応して、効率よく理想の状態に近づいていくことを表します。ヒロイさんの塩尻との出会いや印象などを深掘りました。

【プロフィール】
ヒロイ・クミ
オランダのアムステルダムを拠点に活動する日本人アーティスト/グラフィックデザイナー。日本を含めて世界の展覧会に参加している。リサーチ(文献調査や、特定の地域の独自な文化や歴史に関するフィールドワークなど)を得意とし、そのリサーチと想像力を組み合わせて作品を制作。写真、文章、テキスタイルなど、さまざまなメディアを用いて組み立てた物語作品が特徴。kumihiroi.com

第3の場所を求めて、塩尻へ

ーー現在はどのようなご活動をされているんですか。

普段はグラフィックデザインの活動とアーティストの活動をしています。
グラフィックデザインでは、クライアントのコミュニケーションに関する問題解決を一番に考えています。様々な問題解決の一部として、デザインが使われるという認識です。
アートでは、個人的に興味がある内容をリサーチし、そのリサーチの中で得られた出会いが、最終的な作品のとっかかりになることが多いです。
「眼差し」に興味があり、近年は「人間の自然への眼差し」についての作品をつくっています。

デザインでもアートでも、リサーチ部分は似ているのかなとも思います。
デザインリサーチでは、完成品だけでなく、その制作過程にも重きをおきます。定量的なマーケットリサーチとは異なり、デザイナーの主観的な考えをもとに、インタビューや調査をする過程で、その事象の背景にあるや人の心の動き、文化・社会構造について考えることができます。

ーー塩尻の副業は、どのように知ったのでしょうか?

オランダ在住ですが、故郷である岐阜県の近くで、日本の拠点が欲しくて探していました。一時的に日本に渡るタイミングで、プロボノ(職業上のスキルや専門知識を活かして取り組むボランティア活動)をやりたいなと思っていたところ、塩尻が検索でヒットしました。

塩尻をリサーチしてみたところ、ワインやブドウが生まれるロケーションが、私の家族が持つサマーハウスのあるフランスの田舎に、とても似ていたんですね。そこで塩尻に惹かれました。

今回はプロジェクトとして、自分の興味がある地域に参加できたので、とてもラッキーでした。

持続可能なAIRを目指して

ーープロジェクトでは、どのようなことをされたのでしょうか?

私は今回、参加アーティスト側としてAIRに参加したのではなく、運営側に立ちました。デザインリサーチに近いですね。
塩尻AIR実行委員会では、持続可能なAIRを目指すことを目標としています。その方向性提案が、私のミッションでした。

塩尻AIR実行委員会が考えるAIRのメリットは、AIRによって生まれるアートによって、地域の人にとっては当たり前となっている日常や光景に、気づきや変化をもたらす可能性があると、定義しています。
その気づきや変化こそ、これまで塩尻の歴史の中で小さなイノベーションが起きた時に、人々が受けた感覚に近いものがあるのではないかと仮定しています。塩尻をそうした感覚が頻発し、共有できる地域にするためにAIRを続けていきたい、としています。

基本的にはミーティングはオンラインで行いましたが、塩尻の地にも赴きました。現地では、参加しているアーティストや、アートに触れる市民の方々にインタビューして、今後AIRをどうしていったらいいのかを、まとめました。インタビューをして現状を学ぶ過程が、普段自分がおこなっている活動と、ちょっと似ているとも思いました。

美味しかったお蕎麦

アーティストの方が身構えていた一方で、塩尻の方たちは、アートを自然に受け入れていたように思います。

アーティストは「地元の人がアートを特別なものとして捉えているだろう」と思っていて、それを前提にして話したり、活動したりしていたのですが、塩尻の人たちにとっては、そうでもないのでしょう。「アートがそこにあるのであれば、そこにあるもの。それでいいじゃん」と思っているような気がしました。

こめはなやの小澤さん

塩尻がアーティストへ与える影響、ふりそそぐ光の違い

ーーアーティストの方は、地域で活動することによって、どのようなインスピレーションを受けられたのでしょうか?

「こめはなや」に滞在していた、普段は東京でミュージシャンをされている夏目知幸さんは、インタビューで「塩尻では人間の濃度が薄まる」と話していました。
それは、私も、塩尻(小野地区)に滞在したことで実感しました。会話の中で動物や自然の話が出てくることは、都会では少ないですから。
SNSなどで、自分と他者の距離感が近づきすぎてしまっている現在において、距離感のリセットは、アーティストのみならず、多くの人々に必要とされていると思います。
夏目さんは、「光が集まっている」「小野の山に、その光があたることで、緑の色もすごい緑に感じられる」とも話していました。

写真:夏目智幸

アーティストの箕浦建太郎さんは、平出博物館とコラボレーションしました。塩尻には縄文時代から平安時代にかけて5000年以上続いた集落遺跡の「平出遺跡」があるのですが、そこにある博物館で、土偶を野焼きで作っていましたね。箕浦さんは、この土地でAIRをしたことで、博物館からの助言を受けながら、昔と同じような作り方で土偶を作ったと話してくれました。

写真:箕浦建太郎

塩尻で感じた、アジャイルな雰囲気

ーーヒロイさんが、塩尻で感じられたことはありましたか?

「アジャイルさ」ですね。

私はまず塩尻に赴く前に、世界にむけてAIRに関する情報を発信しているオランダのプラットフォームの担当者にAIRに関する世界的な動向を聞きにいきました。
そこで、AIRの設立と運営に必要なチェックリストをいただきました。ビジネスプランにも似ているのかもしれません。チェック項目は、その地域の特色やアーティストのモチベーション、そのAIRが世界のAIRの中でどのようなポジションをとり、地域の中でどの様な立ち位置にしていきたいのか、などです。そしてその思想を具現化するための予算や組織作りについてのアドバイスが書かれています。

しかし結果的に、今回このチェックリストは使いませんでした。このプロジェクトは、アジャイルを大切に進めた方がいいのではないかと感じたこと、また、私自身が塩尻について、インタビューやその土地を訪ねることを通してゆっくりと知っていったため、予算や組織作りについてのアドバイスにまで時間内に踏み込めなかったということもあります。

アジャイルとは、環境や状況の変化に機敏かつ柔軟に適応して、効率よく理想の状態に近づいていくことを指します。プロジェクトオーナーである岩佐さんもアジャイル的な人物であると思いましたし、塩尻で行われているほかのプロジェクトも、アジャイル的な様子を聞くことが多くありました。

私はどちらかというと、目的を決めてそこに向かっていく方なのですが、今回体感したのは、「目標より1日1日大事にしてたら、そこに行き着いた」というような活動。これも、良いものだなと思いました。

また味わいたい、ワインのような塩尻

ーー今後のAIRの方向性について、どのようなことを提案されたのでしょうか?

アジャイルが良いとも思った反面、関係者のなかで目指すべき姿を統一することを提案しました。

生産過剰が世界的な問題となっている中、アートの世界でもアーティストの労働条件の見直しや、常に制作・発表を義務つけるAIRには、疑問の声もあがっています。その中でANAがAIRにおいて最も重要と考えているのはアーティスト活動へのサポートです。

一方で、塩尻は、伝統的なAIRというか、アーティストが一定期間塩尻に滞在し、制作活動を行い、その結果を地域の人へ発表し、それを地域の人に楽しんでもらうことを最も大事にしていると感じました。

また、AIRの活動が、地域の中で認知を広げていくために、広報を提案しています。今後、本サイト「のりしお」へ、私たちが行ったインタビューを載せていきます。

ーー「のりしお」を通して、AIRについて、もっと知ってもらえると嬉しいですね。この副業を通して、ヒロイさんが得られたことはありますでしょうか?

会った人たち皆さんが、すごく魅力的でした。地域の方と一緒に過ごす時間がとても楽しかったし、なんだか似たような人を地域に惹きつけている気がしました。

あとは、コミュニケーションについて考えさせられました。オランダの仕事では、意見を強くぶつけ合う雰囲気があります。国ごとの文化の違いと言えばそうなんですけど、こちらでのミーティングにおいては、どうやって意見を表現していこうか、自分なりに考えたつもりです。

ーー正しい道を手探りで探す中で、意見を尊重し合いながら話を進めていくことは、難しいことですよね。今後、ヒロイさん自身の塩尻との関係性はどうなっていくのでしょうか?

AIRで手伝うことがあれば、また一緒に何かやりたいです。そして、ちょくちょく塩尻には行きたいです。継続して訪問すれば、またなにか新しいものが生まれるかもしれません。

「ワインがおいしかったから、またワインを飲みたいな」みたいな。そんな感じです。

(取材・構成/竹中 唯)

塩尻市では、地方副業に興味がある人材と、副業人材を活用して事業を推進させたい事業者・団体とのマッチングの機会創出に力を入れています。
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