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メンバーに惹かれて、シェアハウスの経営に参画。実感できた、新しい自分。
塩尻駅からすぐの大門商店街にある『en.to(エント)』は、シェアハウスとコミュニティスペースを持つ滞在型交流拠点です。地域内外の人の交流を生み、地域が元気になるきっかけをつくれる場所を目指しています。
今回はこのen.toを運営する『合同会社en.to』の業務執行社員として東京から参画する格清 伸二さんにお話を聞きました。「塩尻で出会った人々に惹かれました。“誰”とやるか、が僕のモチベーション。」と格清さん。en.toとの携わり方や、活動を通して得られたもの、関係人口プロジェクトの探し方などを伺いました。
【プロフィール】
かくせ・しんじ
1973年大阪府生まれ。現在は東京在住、単身赴任6年目。IT企業の複合機技術本部におけるカスタマーサービスディレクターを担当している。
MBAを学ぶための大学院で開催された地域活性化をテーマとしたフィールドワークにて、木曽平沢の漆器工房の方と関わることなった。そこから塩尻との関係性が連鎖し、現在に至る。大阪ではだんじり祭りに参加していることもあり、地域課題解決・地域活性化は自分事としてとらえている。
「業務執行社員」として東京から参加
―――滞在型交流拠点『en.to(エント)』について教えてください。
en.toとは、長野県塩尻市の大門商店街に位置する滞在型交流拠点です。もともとは、大門商店街の象徴的な存在であったギフトショップ『ハリカ』。長期間閉店となっていましたが「この建物を活用して、地域内外の人々が交流できる場をつくりたい」とen.toプロジェクトが始まりました。主な機能として、コミュニティスペース、ゲストハウス、シェアハウスの3つを備えています。
コミュニティスペースは、イベントやワークショップを通じて交流や学びの場を提供。ゲストハウスは、短期滞在者向けの宿泊施設として、住民との交流ができる場となっています。また、中〜長期的に滞在できるシェアハウスは、塩尻のお試し居住や、地域活動の参加拠点となっています。
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―――格清さんはen.toにどのように携わっているのでしょうか?
en.to立上げに当たっては、出資を集めて合同会社を設立しました。その際に私も出資し、『業務執行社員』の一員として経営に携わっています。東京に住んでいるため、頻繁に訪問することは難しい状況でしたが、「できる範囲でお手伝いしたい」「運営に関わりたい」という思いがあり、en.toのオープン前からDIYや、週1回のzoomミーティングに参加してきました。地域の活動は、ひとつずつ手探りで進めていく部分が多いですね。
現在は地域でen.toの認知を広げていきたいと思い、イベントなどに参加しています。2024年度の『おためしナガノ』に参加できたので、今は月2回塩尻に訪問しています。例えば、得意のたこ焼きをふるまってみたり『三番町居酒屋』というen.toの建つ大門三番町にある公民館での居酒屋イベントに参加したりして、地元の方との交流を楽しませてもらっていますね。自分たちの存在を少しずつ知ってもらえるように努めています。
―――塩尻に出会ったきっかけや、en.toに携わることになったきっかけについて教えてください。
グロービス経営大学院という社会人大学院に通っていたときのクラブ活動がきっかけです。地域活性化クラブに参加していた際に、当時塩尻市役所の職員だった山田さんが登壇し、塩尻を実際に見に行こうという話が持ち上がりました。
新しいチャレンジをしているという木曽平沢地域の漆器工房の見学をし、漆器工房の取り組みをお手伝いしたり、コロナ禍には漆器工房の活動を応援するクラウドファンディングにも挑戦したりしました。
▼木曽漆器工房の活動を応援するクラウドファンディング:
活動を通じてだんだんと塩尻の知り合いが増えていき、今度は本山宿という地域の空き家の片付けに誘われて、今一緒にen.toを運営している横山さんや上田さんとも親交が深まっていきました。並行して横山さんや上田さんが実施されていたハリカ店舗の片付けが一段落したときに、en.toプロジェクトにお誘いいただきました。
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en.toプロジェクトに入ろうと思ったきっかけは、お声がけをいただいたことに加えて、それまで携わっていた木曽漆器や本山地区の取り組みが一区切りついたタイミングでもあったからです。このまま何もしなければ、せっかく築いた塩尻との縁が途切れてしまうのではないかと思いました。
東京に住んでいるため、できることは限られているかもしれないと感じていましたし、自分のスキルをどのように活かせるかも当初は分かりませんでした。それでも、塩尻に何かしらの形で関わり続けて、その縁を紡ぎ続けたいという気持ちが強くありました。
一個人としての、地域での“新しい格清”の存在を実感
―――en.toを通じて得られたものはありますか?
本業としてサラリーマンをしていますが、その仕事では味わえない達成感や刺激を感じられています。会社の中では、それなりのポジションにいるため、大変なことはありますが比較的に業務がスムーズに進むことが多いと思っています。
しかし、会社から一歩外に出ると、組織の肩書きが通用しない”一個人”としての自分を強く実感させられます。「自分は無力なんだ」だったり「俺のこういうところって意外に通じるな」だったり「今までのサラリーマン人生っていうのも無駄にならへんな」だったり、 “新しい格清”を発見できましたね。
―――どのような“新しい格清”さんでしょうか?
僕自身が会社の人間としてでもなく、普段の居酒屋で会える飲み友達としてでもなく、”地域の一員“として求められる存在であることを実感できるのは、貴重な経験だと感じています。「今回の話し合いなら、格清にいてもらった方がいいんじゃないか」とか「格清さんにいてもらった方がしっくりくるな」と言ってもらえる機会は、なかなか得られるものではありません。そうした言葉をいただくたびに、一個人としての存在意義を改めて感じることができています。
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職場の当たり前に、改めて”感謝”
―――得られた達成感についても教えてください。
en.toの経営における観点では、私たちは常にギリギリの状況の中で試行錯誤を重ねながら取り組んでいます。正直なところ“成功”というような明確な成果だと提示できるものは、まだありません。
しかし、時間をかけて一歩ずつ前進することで、これまでモヤモヤしていたものが少しずつ晴れていく瞬間があり、過程そのものに達成感があります。メンバーみんなで一つの目標や施策に向かって、確実に前に進んでいるという実感がありますね。
だからこそ、本業の職場では「みんなありがとう」という感謝の気持ちが強く芽生えます。例えばen.toではすべての業務をメンバー全員で分担しながら進めなければなりません。一方で、会社ではそれぞれが異なる職務を持ち、組織として動いています。今まであまり意識していませんでしたが、会社で機能している仕組みは、実は多くの社員が目の前の課題に真摯に向き合い、それぞれの役割を果たしているからこそ成り立っているのだと気づきました。そう考えると、周りへの感謝の気持ちがどんどん湧いてきます。当たり前だと思っていたことが実は当たり前ではないと気づき、視野が広がる貴重な経験になっています。
汎用的スキルを活かして縁を紡ぐ
―――格清さんのような関係人口となって、地域と関わりたいと思う方にアドバイスはありますか?
実際に地域に飛び込むことには精神的なハードルを感じることもあるかもしれません。特に「専門的なスキルがなければ貢献できないのではないか」と考えている方も多いのではないでしょうか。実際、スキルを募集している地域のプロジェクトもありますし、自分の専門性がどこで活かせるのかを探している方もいらっしゃいます。
しかし、実際に関わってみて分かったのは、必ずしも専門的なスキルが必要なわけではないということです。僕自身のようにいわゆる会社員の持つ”汎用的なスキル”でも十分に地域と関わることができます。一番大切だと思うのは「今、地域ではどのようなことが求められているのか」をリアルに体験し、地域に住む人たちと”同じ目線で物事を見る”ことです。ただアドバイスをするのではなく、その課題に対して真剣に悩む姿勢があれば、自分にできることが見えてくると思います。
―――格清さんが活動を続けられているモチベーションはなんでしょうか?
僕の場合”誰とやるか”が非常に大切な要素でした。横山さんや上田さんたちと出会い、一緒に活動しようと思えたことが、大きな原動力になっています。もし関わる人がまったく違うメンバーだったら、ここまで続けてこられなかったかもしれません。”誰と”を見つけることは、地域で活動する上でとても重要なことだと実感しています。
そのためにも、やっぱりまずは、地域の人と対話する場に参加することが大事だと思います。「この人は面白そうだな」とか、「この人たちと一緒に何かできたら楽しそうだな」という感覚が見つかるのではないでしょうか。
実は僕が業務執行社員として出資したのも、プロボノで関わるだけでは、自分自身の関与が中途半端になってしまうのではないかと考えたからです。しかし、振り返ってみると、お金の問題ではなく、やはり”仁義”だったんやと感じます。みなさんと一緒にやると決めたからこそ続けられている。人とのつながりや信頼関係が大事だったんやと強く思います。
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――今後、en.toはどのような存在を目指していくのでしょうか?
en.toが大門商店街や大門三番町の盛り上げや活性化の中心的な存在になれればと考えています。いわば”ハブ”のような役割を果たし、さまざまな人がつながる場、相談に訪れる場になれたら理想的です。例えば、「玄蕃まつりで三番町が盛り上がってる」だったり、「ハロウィンも来場者が増えた」だったり、「新しい店ができてきた」だったりと、商店街に活気が生まれたとき「その背景には、en.toがあるからこそだよね」と言われるような存在になれたら、理想的だと思っています。
僕自身がMBAを取得したのは、バイクに例えるなら、“自分は学歴が無いのでバイクで例えるとカブ、そこにMBAというターボエンジンを搭載することで大型バイクに変身できる”ようなものだと思ったからです。それと同じように、僕たちの活動を通じて塩尻が劇的に変わるわけではないのかもしれませんが、くすぶっていた人たちや、新しいアイデアを持つ人たちが一歩を踏み出すきっかけを作るターボエンジンのようになれたら嬉しいですね。
そして個人的な目標は、定年の11年後に大門商店街で、たこ焼き屋を開くこと。露天でたこ焼きも販売しているから、近所の子供とかがテイクアウトで買いに来るときに、「おっちゃん、たこ焼きちょーだい!」って言うたら、「ほな、1コまけといたるわ!」みたいな会話をしたいですね。でも店の中の客には、生中頼まれたら、「自分で入れてや!」とか言う。そういうツンデレな関西弁をしゃべる店長が塩尻にいる店って、おもしろくないですか?
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―――今後「格清さんがいるから塩尻に関わろう」と思ってくれる人もいるかもしれませんね。
そんなんなって来てくれたら嬉しいですよね。
(取材・構成/竹中 唯)
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