見出し画像

滞在先で感じたことを塩尻の暮らしの中で温める

≪塩尻アーティスト・イン・レジデンス特集≫
ANAによるアートプロジェクトANA meets ART "COM"の一環として、2020年より行われている塩尻アーティスト・イン・レジデンス(塩尻AIR)。
この特集記事では、2021年、塩尻に滞在しながら制作活動やリサーチ活動を行った4人のアーティストと地域の関係者にインタビューを行い、アート×地域の未来の関係性を探りました。

2021年度 ANA meets ART “COM”
https://www.ana.co.jp/ja/jp/domestic/promotions/ana_art_com/shiojiri/
Instagaram:  https://www.instagram.com/ana_art_com/

映画の原型と云われる「キノーラ」を表現方法の中心に、絵画などの作品をつくる蓮沼昌宏さんは、2021年のANA meets ART“COM”の参加アーティストのひとり。
塩尻市への移住を機に塩尻アーティスト・イン・レジデンスに参加し、新しい暮らしにも慣れてきたいま、ようやくボールが転がり始めたという。

―― 引っ越してくるまえに塩尻に来たことは?

(蓮沼さん)通過するだけでした。塩尻のアーティスト・イン・レジデンスのことは知っていて、さまざまな分野のアーティストたちが関わっていて、自由な雰囲気があっていいなと思いました。

アーティスト・イン・レジデンスは現代美術の作家が選ばれることが多く、キャリアを積んでいる人たちによって構成される傾向もあります。制作している人たちはたくさんいるので、アーティスト・イン・レジデンスの枠がどんどん一人歩きを始めて展開していけたら、新しいレジデンスの方法が生まれるかもしれません。

―― 塩尻に越してきて、普段は自宅で作品制作をされているんですか?

(蓮沼さん)締め切りがないと頑張れない自分のクセで、塩尻に越して来てまだちゃんとした制作をスタートできていません。
そうでなくとも3歳の子どもがいるため、よっぽどの意思がないと制作に時間をさけない。愛知にいたころはアトリエスペースを使って制作していたので、塩尻でもそういった場所が欲しいですね。

―― 以前、オンラインイベントでアートについて「存在に触れること」とおっしゃっていましたが、あらためてアートについてお考えになっていることを伺ってもいいですか?

(蓮沼さん)あらためてアートがどういうものかの説明は難しいですね。
アートとは何かと考えると答えが出るまでだいぶ時間がかかってしまいます。

日本では漫画やアニメ、ゲームがすごく流行っていて、食事も安くて美味しいものがたくさんある。アダルトコンテンツも豊富。日本は娯楽の追求度合いがすごい。
そうすると多くの人たちから見て、携わっている制作者ですら説明のきれがわるいアートというのは、ますますピンとこないと思います。

先日、塩尻にあるお寺に勤めている尼僧さんと会って話す機会がありました。出家とは「一旦」この世からバイバイするみたいな気持ちかもしれません。そのときに思ったのですが、人は一週間に一回、たまにバイバイする時間があってもいいんじゃないなかと。普段と違う時間を過ごす、そのスイッチとしてアートの鑑賞があってもいいんじゃないかと。

たとえば禅問答のような簡単には答えられない問いに答えるには、一回違う次元に行って、すこしのあいだ人間をやめるみたいなきっかけがあるといいと思います。アートでは人間をやめるまではいかないけど。
そうですね、自分にとってアートはプチバイバイみたいな感じでしょうか。

―― これまでも作品に繰り返し出てくるモチーフがありますけど、塩尻へ来てから現れたモチーフはありますか?

(蓮沼さん)それはまだないですね。これから出てくるのかもしれません。

―― 蓮沼さんが考える塩尻らしさとはなんでしょう?

(蓮沼さん)僕が住んでいるところは塩尻の中心市街地より標高が少し高くて、山から吹く風が気持ちいいです。湧き水が多いのもいいなと思っています。山の斜面にある葡萄畑を見ているとヨーロッパのようでもある。
塩尻らしさは山の斜面の気持ちよさと実感しています。

もう一方で、僕は塩尻らしさをそれほど感じなくてもいいかなとも思っているんですね。東京に住んでいたときも、スポーツジムと家の往復だけであまり外に出ていなかったので、どこにいてもそんなに変わらない気持ちがあるし、どこに行ってもへっちゃらみたいなところがあります。
もうちょっとその土地特有の恩恵を受けたほうがいいんでしょうけど。

―― 少しわかる気がします。地方創生が流行り始めてどこでも自然の豊かさが謳われがちだけど、首都圏以外それはどこも一緒で、結局その土地らしさはそこに住む人なのではと考えたりします。今年のリサーチ期間を経て、これから塩尻でやってみたいことはありますか?

(蓮沼さん)いますぐに作品をつくりたい気持ちはあまりなくて。これまでは作品づくりの前にリサーチなどをしてきました。ただ、それはその場所に参加するための「きっかけ探し」の意味合いがあって。

いまはすでに塩尻に住んでいるので、これまでのやりかたでいえば必要性がない。ここ最近は、滞在先で考えたことや疑問に感じたことを塩尻に持ち帰って、卵を抱いて温めるような期間でした。

2020年は新型コロナウイルスが世界中で大流行して、多くの人にとって「特別的にできない」状況になりました。僕は一時期それで絵を描く気力がなくなって、それから「あなたにとって特別的にできなくなったこと」とはなにかを、いろいろな人に聞いてまわっています。
生活も落ち着いてきたので、これから塩尻でやりたいことは、もうちょっとで出てきそうです。

▼交流した地域の人:

蓮沼 昌宏
はすぬま・まさひろ / 美術家、記録写真家。
1981年東京都生まれ。千葉県育ち。
2010年東京芸術大学大学院美術解剖学研究室にて博士号を取得。テーマは自画像。2016年文化庁海外派遣研修制度でフランクフルト・ドイツフィルムミュージアムにて研修。絵画、キノーラ(映画以前の動画技法)の手法を用いて制作。

HP https://www.hasunuma-masahiro.com/

(取材・構成/岸本 麻衣)