塩尻は、どのくらいの関係性の場所に飛び込みたいか、その温度感が選べるまち
2020年に地域おこし協力隊として着任後、木曽平沢を拠点に活動している近藤沙紀さんは、初年度は塩尻アーティスト・イン・レジデンスの実行委員でもあった。
オーハラユーコさんのレジデンス先となり、アーティストと木曽平沢の人々との交流を見つめるなかで、これからのアーティスト・イン・レジデンスに期待することを聞いた。
(近藤さん)プロジェクトに関わり始めたのは、2020年8月くらいだったと思います。
スナバのメンバーである岩佐岳仙さんを中心に、北小野地区や木曽平沢地区といった各拠点のメンバーのうちでアートに興味がありそうな人に声がかかりました。
わたしも初年度は実行委員会のメンバーで、参加アーティストの滞在先を決めるなかで、エシカルに興味があるオーハラユーコさんは木曽平沢に滞在してもらうのがいいのではという話になりました。
滞在1年目は地域の人の紹介が多かったですね。2年目はユーコさんも木曽平沢に慣れて、散歩しながら地域の人に話しかけて交流の深度を深める年だったので、できるだけわたしというフィルターを挟まずに地域を見てほしいと思い、一歩引きながらサポートしました。
―― 塩尻市にお住まいになって2年目。塩尻はどんなまちですか?
(近藤さん)どのくらいの関係性の場所に飛び込みたいか、その温度感が選べるまちです。
大門は市街地で、市役所をはじめ公的機関が集まっていて世帯も多い。
北小野も人口が多いので、近すぎる近所付き合いが苦手なかたには飛び込みやすい地域。
昔からの移住者も一定数いて、地区運営にも意欲的な印象があります。
木曽平沢は市街地から車で25分ほどの距離。重要伝統的建築物群保存地区で古い趣のある街並みで、隣近所の物理的・心理的距離がほかの地区よりも近いと思います。
どこの地区にもプラスとマイナスがあって、同じ市のなかで関わり合いの深度を選べるのが良さですね。そういった情報がレジデンスに来るアーティストのみならず、移住を考えている人にも届けばいいなと。
―― アーティスト・イン・レジデンスという言葉を知ったのはいつでしょう?
(近藤さん)正確には覚えていませんけど、もともとアートに親しみはあったので、プロジェクトに関わる前から知っていました。
―― アーティストのそばにいてお感じになったことや受けた影響はありますか?
(近藤さん)木曽平沢は木曽漆器が有名な地域で、まわりにいるのはほとんどが職人さんです。
わたしにとってものづくりに触れることは日常なので、ユーコさんと過ごすことはその延長といった感覚でした。
地域のかたとアーティストの交流によって起こることや、都会から来るアーティストにとっていい刺激があることを期待して受け入れています。
今年はユーコさんの滞在期間も長かったので、地域のかたのお家にご飯を食べに行ったりして、観光客でも外から来た人でもなく、より住民に近いまちのひとりとして暮らすところまでいっていたように見えました。
その質は前回と今回でまったく違っていたと思います。
―― まちの皆さんの変化は感じますか?この活動が、今後も塩尻に馴染んでいけそうな実感はおありでしょうか?
(近藤さん)それはまだ感じられる時期にないですね。
ユーコさん個人と木曽平沢の皆さんが出会って新鮮な風が吹くことはあったにしても、レジデンスをすることで地域が変化するところまでは至っていないと思います。
これから馴染んでいくかは、どれくらい継続させたいか、どれくらいのインパクトを残すものにしたいか、まちの人になにを感じてほしくて企画するかなどによりますよね。
ANAホールディングスが、観光庁から「誘客多角化等のための魅力的な滞在コンテンツ造成」事業として採択されて、始まった塩尻アーティスト・イン・レジデンスはアーティスト支援が第一の目的でしたから、この2年間やってみて地域側が求める地域への浸透や支援などとのギャップもゼロではなかったと思います。
ANA、実行委員会、まちの人とそれぞれが思い描くレジデンスが異なるなかで、関わる人はそれぞれの立場から折り合いをつけていたはずです。
実行委員会が塩尻でどういう未来を描きたいのか方針を知れたらいいし、これからも続いていくなら塩尻にどういい影響が表れるのか見たいです。
―― まちの人から「こうしてほしい」などの声もありましたか?
(近藤さん)そもそもやっていたことを多くの人が知らないと思います。
塩尻にいい影響を及ぼすためには、プロジェクトの情報発信とアーティストと触れ合えるイベントは必要不可欠だと思います。
心理的ハードルを下げて、アートに触れてみたいと興味を持つ状態にするための発信の仕方を考えることは、次の段階として頑張りたいことかなと思います。
―― アートはご自身にとって必要ですか?
(近藤さん)必要か不必要か、難しい質問ですけど…。
「アート=崇高なもの」ではなくて、実はもっと身近にあり、正解も不正解もないことや常識を疑うこと、本質を考えることなど、アートを通して少し世界の見えかたが広がるような環境になっていくといいなと思っています。だから、岳仙さんが目指す「日常にアートがあることに価値を感じる」アーティスト・イン・レジデンスの構想は納得できたし、応援したいと思えました。
生きていくために必要ないからといって、削ぎ落とすことがいいのかと言うと、その判断は難しいですよね。それは面倒くさい人間関係も然りで。
なくしてしまった結果、故郷と呼べる場所がなくて、再び人との繋がりを求める動きも出てきている。ある程度の面倒くささを許容できる生活の余白を持ちながら暮らすのがすごく人間らしいと、最近は思っています。
深く関われば、楽しいこともヤケドすることもあって、離れたり関わったりと繰り返しながら、自分にとっていちばん過ごしやすいラインを2年くらいかけて見つけていくのが、地方での暮らしには必要かなと思っています。
▼交流したアーティスト:
(取材・構成/岸本 麻衣)